人物連鎖(11)

世間を構成しているメンバーのあなたへ、同じく世間を構成しているメンバーの私からの提案です。
お互いに人物になっていきましょう。そんなに難しくはありません。別に、大人物やひとかどの人物をめざす必要はないのです。そういう大それた人物になろうとすること自体が、人物から離れていくからです。事件•事故を減らし、防ぐ方法は『人物連鎖』が鍵を握っていることは、もう分かってきました。だったらステキな連鎖に関わる人物に加わりましょう。そこは新しい世間です。ジプシーもいました。

では、早速。
まず、あなたは鏡を見ます。もちろん正面からです。鏡の中に、もう一人の自分がいます。その自分に近づいて「どうしたの?」と心で呼びかけます。そのときに、テレないで。そして、バカらしく思わないで。そう思ってしまうことこそが、今までの世間の風潮なのですから。
森の人、いや森の人物ジプシーになったつもりで「どうしたの?」と自分にたずねて下さい。

最初のうちは、笑ってしまったり目をそらしたり閉じたりするかもしれません。そうするうちに、涙がにじんできます。落涙する人もいるでしょう。でも、それには意味があります。なんだか知らないうちに世間のメンバーになった自分のことに思い当たったり、世間で恥ずかしくない人になろうとしていた自分に気づくからかもしれません。それよりも何よりも、無意識の中にしまい込んでいたオリジナルの自分が再デビューしてきます。そういうわけで、始めのうちは居心地が悪いかもしれません。

時間がかかってもいっこうに構いません。時間の前倒しをされた私たちです。どこかで失った時間、というよりも別れ別れになっていた時間とあなたが再会するんです。前倒しされた時間が帰ってくるには、それはそれで時間がかかります。
こういったことは孤独な作業のように見えますが、決してそうではありません。実は本来の自分、本当の自分に再び会うのをサポートしてくれるスタッフがいるんです。どこにいるかというと、なんと世間にいます。それは実際に人だったり、映画や本の中の登場人物だったりします。すでに経験ずみの人も多いでしょう。今でも忘れられない出会いや、グッときた作品があなたの心を訪れたことがあるでしょう。そういう出来事たちが、私たちの味覚を復活させてくれます。ここのところ鈍くなっていた、人物と出来事を真から味わう心の味覚が、ようやく戻ってくるのです。

景色もあなたが人物になるのを手伝ってくれます。海でも山でもいいですし、シンプルに岩だけでもいいんです。盆栽でもO.K、あなたが気になる物を眺めてみて下さい。ご飯やおかずも、口に運ぶ前にちょっと見つめてみて下さい。調理する前の食材が気になるのなら、それに目をやるのもいいですね。そのすべての物に無機物が含まれています。
無機物。憶えていますか?『人物連鎖❹』の中で私が触れていたミネラルのことをです。そのときの表現に、少し訂正が必要です。そこで使った「無生物」という言葉は、「無機物(ミネラル)」のつもりで使用しました。そのミネラルが「あります」ではなく、「います」と書いたのは実は今回のためでした。
ミネラルは長い旅を続けています。景色の中には山や川や海があり、そこには必ずミネラルがいます。樹にも果実にも草にも野菜にもカルシウムや鉄というミネラルがいて、次の旅の準備をしています。やがて食べられて、鳥や獣や人の体内で旅を続けているのです。そのミネラルの滞在時間が長いか短いかで、人間は短気になったり気落ちしたりします。のんびりしたり失望したりもするのです。場合によっては貧血で寝込んでしまうこともあります。

あなたが興味を持つならの話ですが、ひとつファンタジックな提案をします。
風景を眺めて、そこにミネラルを感じてみて下さい。
木や土や水を見て、ミネラルを想ってみて下さい。
あなたの中にいるミネラルと、対象物の中にいるミネラルの存在を知って下さい。
堅苦しく考えないように。
そして、できればその対象を人に向けてみて。
道ですれ違う人、交通機関で乗り合わせた人、出かけた先にいた人。
仲間、友だち、保育園や学校の先生、近所の人。
親戚、姉妹、兄弟、親。
自分の子、誰かの子。

『人物連鎖』の話が、振出しに戻ろうとしています。まさに一回転する「輪」のようです。連鎖は鎖の連なりのこと。その鎖は、輪と輪が結ばれたものです。結ぶには、それぞれの輪が開かなければなりません。輪は、どのように開かれるのでしょう。

~次回(最終回)へ続く~