これからの臨死体験 ⑶

正確に言えば、私を含む3人はすでに玄関の外に出ていました。靴を履こうとしていたもう一人のメンバーが、兄の苦しそうな声に気づいたのです。4人が急いで部屋に戻ってみると、兄は顔をゆがめてベッドから立ち上がろうとしていました。
「どうしたの?」
「気持ちが悪い。トイレ」
「無理せず、そこで吐けばいい」
と、私は兄を制止し、流しにあったガラスの小鉢を渡しました。兄はそれに何か赤黒いものをもどしました。そして横になりました。

ところが、1分もしないうちに兄は「やっぱりトイレに」と起き上がったのです。今度は制止も聞かず、数歩あるいたところでテーブルの下に仰向けに倒れ込みました。私はすぐ抱きかかえたのですが、兄の応答がないのです。顔も先ほどと違って、表情がありません。これはいかんぞと思った私は、兄の顔に向かって声をあげました。
「兄さーんッ!」
後頭部を床で強打したぞ、ただ事じゃないぞと兄を呼び続けました。
「兄さーんッ!兄さーんッ!」

何度も叫んでいると、兄が反応してくれました。力なくですが、眼を開いたのです。そして、その焦点の合わない眼を空中に泳がしながら、不安げにこう声を漏らしたのです。
「眼が見えない」
私は反射的に兄に強く言いました。
「プラーナヤーマをやらんと!」
「・・・・」
「人にヨガを教えるくせに!自分でやらんとッ」
「・・・・」
兄は苦しそうな顔をしたあと再び無反応になりました。意識がなくなってきたのがわかりました。私たちは救急車を呼びました。時刻は深夜の0時を過ぎていたと記憶しています。

私は、兄を乗せたストレッチャーと一緒に救急車に乗り込みました。念のため、兄の吐瀉物の入ったガラスの小鉢をラップして持ち込みました。残りのメンバー3人は、楽器運搬車で追ってきています。車2台に分乗したとはいえ、兄を除く4人のこの時の行動はひとつ、兄の安否を気づかってのものでした。ただ、当の兄はどうだったかというと、まったくの別行動をとっていました。兄には、私たちとは別のストーリーが展開していたのです。そうなんです。臨死体験が始まっていたんです。

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