これからの臨死体験 ⑷

救急車がW病院に着くとすぐに、意識不明の兄は救急口から入り、私たちは一般口というか玄関から入りました。あとでわかる事になるのですが、この二つの入り口は、兄の体験したストーリーと私たち4人が体験したことの違いを象徴しているかのようでした。待合室の電話をとり、私は母に事の経緯をかいつまんで話しました。
「迎えに行けないから、タクシーで来て」

ほどなく、私たち4人は2階の個室の病室に案内されました。すでに兄はベッドに寝かされており、一目見て予断を許さない容体だとわかりました。呼吸が弱いのです。普段は肺活量が6500cc超もある兄なのに、胸の動きがまるでないに等しいのです。この状況をどう受け止めたらいいのか、私たち4人は身も心も硬直していたように思います。
この4人が文字どおり、兄のベッドを囲んで立っていました。

その時でした。兄がベッドから身を起こしそうにしたのです。それも、何かバネ仕掛けのように。すかさずマネージャーの坂井が兄の背中に手を添えて起こすと、兄は吐きそうにします。容器をあてがうと、それへ兄は吐血しました。鮮血ではなく、粘りのある赤黒いものでした。スタッフの高橋は、見るのもつらそうに目をそむけていました。そして兄は気を失ったかのようにベッドに倒れ込むのです。これを数分おきに繰り返すのです。

医師は私を部屋の脇へ促しました。兄の吐瀉物を持参した私を医学生とでも感違いしていたのか、彼はこう述べました。
「血圧が27しかない。なにかブランデーでも好きな物をやって下さい」
「エッ?ブランデーで治るんですか?」
「いや、酒、かなり好きなんでしょう?残念ですが、もう」
「ちょっと待って下さい、兄は酒は一滴もやりません!」
何を言ってる、この医者は、と私は思いました。どうしたらいいんだ、これは。そんな時、母が到着しました。

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